080105 話題のケイザイガクシャのセンセイ,池田信夫氏のブログに素敵な事が書いてありました。

池田信夫blog:人権という迷信

そんな不可侵の重大な権利が「生まれながらに万人に等しく与えられている」というのは、根拠のない迷信である。
権利とは、定型的な契約のテンプレートを実在的な対象として表現することによって契約手続きを簡素化する技術である。
こうした契約の自由度を上げることによって労働市場の柔軟性を高めようというのが労働契約法だが、団体交渉権の独占を失うことを恐れる労働組合の政治力によって形骸化されてしまった。
著作権にしても労働基本権にしても、本質的には定型的な契約にすぎず、絶対不可侵の自然権ではない。
 いろいろと香ばしい記載が満載*1のエントリです。ぜひ皆様には池田氏のブログに当たっていただきたいところです。
 しかし,このエントリそのものでは意味が今ひとつ通りづらいです。このエントリは,以前のこちらのエントリを受けたものだったのです。
池田信夫blog:奴隷制の効率性
 それなりに香ばしいのですが,まあ,仰りたいことはわからなくもないです。

 真正面から弾劾しても何ですが,あえてちょっと書いてみましょう。

池田先生,人権が固定的なものではないことは人権の現代の理解では自明の事です。

 池田先生は,「人権という迷信」というエントリで,

そんな不可侵の重大な権利が「生まれながらに万人に等しく与えられている」というのは、根拠のない迷信である。
と仰います。確かに,人権の内容は相対的なものです。境界線は時代や社会により変わりうる部分はありますが,それらを前提とした上で,なおも侵すことができない部分があるというのが一致した理解です。フィクションであり固定的なものではないというのはそのとおりですが,相当誤解が含まれているようです。*2近代から現代に至る過程において,紆余曲折がありましたが,人権そのものの核心部分は,侵すことができない重大なものであるというのは一致した理解です。根拠のない迷信というのは,表現として明らかに行き過ぎです。

池田先生,何を言いたいのかよくわかりません。

人権という迷信という迷エントリのもともとは,奴隷制の効率性というエントリを引き継いで作られています。

労働者を資本家の支配から開放?

 池田信夫先生は,

労働者をコントロールする上で重要なのは、資本の所有権を資本家が独占することだ。…(中略)…もう一つの条件は、労働市場の不完全性だ。もし労働者が解雇されてもまったく同じ条件で他の企業に移れる(他の資本と結合できる)外部オプションがあると、労働者は資本家と対等になるので、雇用契約によってコントロールできない。/だから理論的には、雇用問題を解決する最善の方法は、人的資本の売買を合法化することだ。
と仰います。どうやら池田先生は,労働者が資本家のコントロールから開放されるためにはどのような条件が必要か,ということをお書きになられたいようです。労働市場を流動化させることで,労働者を支配から開放させる,というのがエントリの趣旨のようです。

労働者が「もし労働者が解雇されてもまったく同じ条件で他の企業に移れる(他の資本と結合できる)外部オプションがあると、労働者は資本家と対等になるので、雇用契約によってコントロールできない。」の?

 全く同じ条件で大量取引ができる「労働力」というものが実社会でどのように扱われるか,ということを池田先生は知らないのでしょうか。いわゆるワンコールワーカーがそれです。俗に日雇い派遣などと言われるものもそれでしょう。逆説的に言うと,その程度の単純労働でない限り市場取引が容易な代替性を持たないのです。彼らの悲惨な状況はメディアで言い尽くされているために,本文では割愛します。彼らは他の派遣会社に登録し,異なる派遣先へ行くことができますが,それが彼らを開放したのでしょうか?逆です。常に派遣会社の連絡を得るために,逆に他の仕事ができなくなる,キャリアアップも望めなくなるという状況を作り出したのです。この現実と,池田先生の仰りたい事は,どう整合性を持つのでしょうか?
 なお,

シリコンバレーのように自由に企業間を移動できると、巨大な企業組織も労働組合も必要なくなり、すべての労働サービスは契約で提供できるのだ。
そんなごく限られたモデルで例示を言われても,普遍化できないでしょう。シリコンバレー以外に,普遍化できそうなれいはありますか?ないのなら,池田先生が示した例はごく限られた条件下でしか有効に機能しないのでは?よくわかりません。

労働者保護のあり方

 なお,池田先生は,

基本的には雇用ルールは労使で契約ベースで決めればよく、行政はその契約が社会的的に有害かどうかをチェックすればいいだけ。それを厚労省がいろいろ煩雑な規制を強化するから、結果的には非正規社員の境遇が悪化し、失業率が増えるのです。
*3と仰います。しかし,行政が契約の内容をチェックする際には規制が必要なわけで,池田先生のご説も規制を皆無にしようというわけではないようです。こうすると,そもそも「国が労働契約の内容を規制すべきではなく,雇用契約を自由化すべき」という池田先生の論旨とどのような整合性を持つのか分からなくなってきます。

池田先生,なぜ労働者保護がされているかご存知ですか?

 古来から,労働契約には,搾取する構造が常に潜んでいました。これは,封建時代の口寄せ業や近代社会での労働者の立場を見れば分かりすぎるほど分かると思います。これらの歴史を経て労働者を保護する枠組みが作られていったのです。人は生来に人権があるから,アプリオリに労働者保護が導かれているわけではないのです。池田先生はこの肝心な部分に誤解があるとしか思えません。
 もし,池田先生の意見を忖度し,「奴隷制の…」のエントリに続くエントリを作ろうとするなら,それは人権攻撃のエントリではなく,「どうやって労働市場の不完全性をなくすのか」というエントリであるべきでしょう。

*1:ブコメではカッとなって「変な薬でもキメて…」なんて書いてしまいました。反省はしていません。

*2:池田先生は本当は分かっているのかもしれませんが。だとしたら書き方に問題があるでしょう。

*3:本文ではなく,コメント欄参照