090115 報道や出版に関わる方皆様は,この問題をよく考えた方がいいと思います〜草薙厚子氏の件

asahi.com(朝日新聞社):「情報源は鑑定医」著者が証言 放火殺人調書漏出公判 - 社会

06年に奈良県田原本町で起きた医師宅放火殺人事件をめぐり、医師の長男(18)=中等少年院送致=らの供述調書を引用した本が出版された問題で、秘密漏示の罪に問われた鑑定医の崎浜盛三(もりみつ)被告(51)の公判が14日、奈良地裁であり、証人出廷した著者の草薙厚子氏(44)が調書の入手先を崎浜医師と初めて明かし、崎浜医師に謝罪した。
草薙氏は被告人の医師に謝罪したそうです。しかし,この記事からは,草薙さんの誠意は読み取ることができませんでした。

たしかに表現の自由は重要ですが,本件に関して草薙さんを擁護することは困難です。

今般,草薙さんが供述調書の詳細な引用という,非常にイレギュラーな手法を取ったことについて,ご自身から納得のいく説明がされているとは到底思えません。一部に擁護するジャーナリストもいます*1が,説得力のある説明がされていません。
草薙氏のブログには

当然、当事者のプライバシーには配慮しながら、必要な情報を開示したほうが良いと私は考えています。
必要な情報というのは、具体的には生育歴など、事件を起こすにいたった背景です。
そうした情報を共有することによって、世の親たちは、自分の子どもに対する教育を見直し、自分の子どもの非行を防止しようと努力することができます。
などという記載があります。しかし,本件でもっとも重要な点について説明がありません。なぜ供述調書の詳細な引用が必要だったのか,その引用についてプライバシーの侵害に当たる点をどうとらえたのか,当事者である保護者や少年の理解を得なかったのはなぜか,という点がもっとも重要です。その理由について説明がありません。
これらについての具体的理由〜本件であえて供述調書を詳細に引用する事の意義について,草薙さんが説明をしない限り,本件の表現行為の意義は世間には理解されうるものにならない*2でしょう。その意義が見出せない限り,その表現行為に意義はないでしょう。あえて言いますと,著名な事件をセンセーショナルな方法で取り上げたに過ぎない行為にしか見えません。そこに,表現行為としての価値は見出せません。

草薙さんには,なぜ今回のような事をしたのか説明する責任があります。

先ほどの記載と重複しますが,表現行為としてどのような価値を持つかという説明を草薙さんはすべきです。草薙さんが繰り替えしている「情報公開」「開示」「情報の共有」では,今回の手法は説明ができません。事案の内容をぼかし,周辺取材から得た形を取れば良い。広汎性発達障害が疑われる少年による重大事件は他にもあります。なにも奈良の事件にこだわる必要はありません。他の多くの事件も同時に取材して,共通する要素を汲み取って抽象化すれば,世の親御さんに発達傷害と少年犯罪の関係について理解を得られるものを書くこととは充分可能だったはずです。
なぜあえて彼女がそのような手法をとらなかったのか。きちんと説明する責任が,草薙さんにはあります。
最後に,これは草薙さんだけの問題ではありません。表現に携わる仕事をしておられる皆様は,自分の行う表現がどのような価値を持ち,誰かを傷つける可能性があるということについて,常に考えて仕事をしておられるでしょうか?

1月17日追記。

取材源が判明し,重大な迷惑をかけることを理解していなかったのだろうか,草薙氏は。
取材源に迷惑をかけることについてどう考えているのだろうか?
取材源を守ることはジャーナリストの基本であり,自分の売名のために取材源を踏みつけにするこの人は,およそジャーナリストに値しない。残念ながら。

*1:たとえば,有田芳生氏などが自身のウェブサイトで書かれています。

*2:完全に理解される必要はありません。しかし,理解されうるものであることは必要です。