080206 日本マクドナルド 店長は管理監督者に該当せず,残業代を支払えという判決について

BizPlus:人事 連載企画:弁護士 丸尾拓養氏「法的視点から考える人事の現場の問題点」第31回「管理監督者にふさわしい従業員像」1:

BizPlus:人事 連載企画:弁護士 丸尾拓養氏「法的視点から考える人事の現場の問題点」第31回「管理監督者にふさわしい従業員像」2:

BizPlus:人事 連載企画:弁護士 丸尾拓養氏「法的視点から考える人事の現場の問題点」第31回「管理監督者にふさわしい従業員像」3:

NIKKEI NET Biz Plusで,経営者側の弁護士である、丸尾拓養弁護士が当該判決の評価について触れられています。

また,労働側の弁護士としては水口洋介弁護士と増田尚弁護士が,学者として濱口桂一郎先生がそれぞれ簡単に触れられています。増田弁護士は、丸尾弁護士のコラムについて、かなり厳しめのコメントをつけておいでです。

水口洋介弁護士のブログはこちら
夜明け前の独り言:日本マクドナルド残業代請求事件判決
増田尚弁護士のブログはこちら
ろーやーずくらぶ:マクド判決に藉口してエグゼンプション・成果主義を持ち出す経営法曹
濱口桂一郎先生のブログはこちら
EU労働法政策雑記帳:マクドナルド店長は管理監督者ではない
EU労働法政策雑記帳:丸尾拓養氏のマクド判決批評

丸尾弁護士の論旨としては、私なりにまとめると、

1 今回の判決については、労働基準法をこれまでの判断基準どおりに適用したものに過ぎない。
2 労働基準法は、そもそも第一次時産業や第二次産業が中心の時代に、工場や鉱山の労働者を中心に想定されたものである。したがって、第三次産業の労働者が増えた現代の産業には馴染まない。
3 現代は、長期間雇用されることにより賃金が上昇することを前提としたいわば長期決済型の賃金を前提として、いわば残業代を不問に付してきた。しかし、賃金の支払いの仕組みが変容することで、短期決済型の賃金を望む声が増えた。したがって、法的に正しくても、現場の感覚にあわない判決がくだされるようになった。
4 このような問題を解決するには、ホワイトカラーエグゼンプションを導入し、労働時間と賃金と健康問題とをそれぞれ切り離して、現実的な対応策を考えるべきである。
というようなものです。このように、丸尾弁護士のコラムは、表題こそ日本マクドナルド事件を引いていますが、マクドナルド事件プロパーの問題はあまり触れていません。むしろ、実は経営側がこれまでずっと考えてきた、ホワイトカラーエグゼンプション導入の是非がその中心であるという風に読めます。

そこで、丸尾弁護士の考えについて少し検討したいと思います。

今回のマクド判決が労働基準法をこれまでどおりの基準で適用したにすぎない、という評価は、まあそうであろうと思われます。すくなくとも報道で見るかぎり、新しい理論を打ち立てたりした様子もないからです。

では、丸尾弁護士の言わんとしている労働基準法自体の適否はどうでしょうか。
丸尾弁護士は、第3次産業を中心とするようになった産業構造の変化や、長期間雇用を前提とした賃金体系が変わったことを上げています。すこし長文になりますが、引用してみましょう。

労働基準法は昭和22年(1947年)に施行されました。もう60年以上も前のことです。この当時の産業はほとんどが第一次、第二次産業であって、労働基準法の適用対象は工場や鉱山などの労働者でした。/たしかにこれらの労働者には、工場のラインの稼働時間や坑道内の作業時間に応じた賃金という考え方は相当でしょう。しかし、今日のように第三次産業で働く労働者が多くなった現在、労働時間に応じた賃金は必ずしも実態に合致しないものとなっています。/翻って考えると、労働時間量に応じた割増賃金を支払うことが妥当な労働者は誰かが問われているとも言えます。こうすると、この問題が成果主義賃金の導入と関連していることが明白になります。しかも、その背景には、成果で評価することについての経営者だけでなく労働者のコンセンサスの増加もうかがわれます。
丸尾弁護士の仰るとおり、労働基準法は古いものです。しかし、それほど第三次産業の労働者は、自由に裁量性をもって仕事ができる立場とは思えません。飲食店チェーンの店長や、小売店の店長など、残業代が問題となる業種は多々存在します。しかし、彼らのそう多くが独自の裁量を発揮できているとは考えにくいのです。全国規模で店舗を展開している店舗では、そもそも商品は規格化されていますし、サービスの提供方法なども含めて、多くがマニュアル化されています。個々の店主の裁量は、納入する材料や商品の数の設定、アルバイトのシフト作成、細かい店独自のキャンペーンの設定などくらいが関の山でしょう。それ以外は事務的な仕事に忙殺される可能性が非常に高いのではないかと推察されます。これはあくまで想像ですが、私が15年前にした某ファミレスのアルバイトをしていた時のことなどを考えると、やはり店長の働き方はこのようなやりかただったのではないかと思われるのです。そうすると、これらの立場の人間の働き方について、労働時間以外のどこで大きく評価すべきなのか、私には疑問がわきます。端的に言うと、労働時間以外には、評価する物差しが存在しないのではないか、と思われるのです。

また、丸尾弁護士は、

こうすると、この問題が成果主義賃金の導入と関連していることが明白になります。しかも、その背景には、成果で評価することについての経営者だけでなく労働者のコンセンサスの増加もうかがわれます。
として、成果主義賃金の導入について少なくない労働者のコンセンサスがあるかのように論じ、成果主義賃金を絡めています。おそらく、”労働者への賃金は、労働時間をベースにするのではなく、成果をベースにすべきである”という主張なのでしょう。しかし、上記のように、個人の裁量を発揮しづらい職場なら、成果主義の導入自体が無茶であるというものです。事実、丸尾弁護士のコラムでは、せっかくマクドナルド判決という具体的な素材があるにもかかわらず、店長の得られるであろう成果と、賃金の関係についてまったく触れていません。もし、店長が努力することでより多くの利益を得られるはずであった、店長にとっては成果主義の方が得である、という主張が可能であるならば、丸尾弁護士はそこまで切り込んでいたのではないでしょうか。なぜ、そこまで書かないか。成果主義の労働者に取ってのメリットを説得力のある形で説明できないからだったのではないでしょうか。

さらに、丸尾弁護士は、

また、これまでの長期雇用システムでは、早くから管理監督者として割増賃金を支払われなかったとしても、中高年になって厚く処遇されることで、労働者は賃金を取り返しているとも考えられます。つまり、長期決済型の賃金システムでは、定年まで雇用保障され賃金保障されることで、トータルとしては労働に相応した賃金の支払いを受けているのです。このことはサービス残業問題とも共通であり、比較的若年の労働者に割増賃金を支払うことは、中高年になったときに賃金が低くなることにつながる可能性があります。こうした実態があったからこそ、管理監督者の問題には労使双方があえて積極的には触れてきませんでした。/しかし、賃金制度が変化し、これと関連して長期雇用システムが変容したことで、短期決済型の賃金を求める声が大きくなり、管理監督者に関する法律解釈と実態との乖離(かいり)が現実化してきました。こうした中で、形式的な法律解釈に基づいた裁判紛争が提起されたことで、法的には正しくても現場感覚としては実態に合わないかもしれない判断がなされたのです。
として、これまでと異なり短期決済型の賃金を求める声が大きくなり、法解釈と実態の乖離が現実化した、とします。これはいささかおかしな議論です。というのも、終身雇用制度を壊してきたのも、単純労働を非正規労働者に置き換えたのも、すべて使用者側が行ってきたことです。
賃金制度が変化し、これと関連して長期雇用システムが変容した
などと、さも自然現象のように書いています。しかし、これらはいずれも使用者側がもたらしたことであり、言い方は悪いのですが、”自業自得”という四文字熟語が適してます。自分で終身雇用と定期昇給を前提とした長期安定雇用を壊しておいて、未払い残業代を請求されたら困った、というのは虫のいい話です。実態は丸尾弁護士のような自然現象ではないでしょう。人件費をカットするために、非正規社員を増やしつつ、名ばかり管理職に創造性・裁量制の低い中間管理職的業務を押し付け、かつ、人件費カットのために残業代を出さない、という人事労務管理の結果が実態のように思われるのです。

最後に、丸尾弁護士は、ホワイトカラーエグゼンプションこそ切り札である、と言わんばかりに、ホワイトカラーエグゼンプションを紹介しています。

これらの解決策のひとつとして、ホワイトカラー・エグゼンプションがあります。管理監督者とは別に、割増賃金その他の労働基準法の規定の適用除外(エグゼンプション)を新たに認めるものです。現在上程されている労働基準法の改正案では落ちてしまいましたが、こうした紛争が続くのであれば、立法的解決は急がれます。労働者が自由に選択できるのであれば、年収要件などもかなり緩和して認めてもよいのではないでしょうか。/このホワイトカラー・エグゼンプションに対しては、「残業代なし」、「長時間労働につながる」、「過労死・過労自殺を増やす」といった批判も少なくありません。しかし、労働時間と賃金と健康問題とをそれぞれ切り離して、現実的な対応策を考える時期にきていると思われます。残業代を支払わなければ経営者が長時間労働を強いて、その結果として健康を害する労働者が増えるということは、実証されているのでしょうか。現在の過労死や過労自殺のすべてが、サービス残業を原因として起こっているとは必ずしも言い切れないでしょう。このような不幸な事件を起こさないためにも、理念や法解釈をこねるだけでなく、現場の対応が真に求められています。
そもそもこの問題は、裁量制もなく、みずから労働時間をコントロールできる立場ではない人間に、どのようにして労働時間を制限し、働き過ぎを抑制するか、というところに主眼があると思います。ここで、ホワイトカラーエグゼンプションを全面に持ち出し、労働時間に関わらず残業代を支払わない構造にのみ執着しようとするところで、丸尾弁護士の限界が知れる、というものでしょう。あくまで人件費の抑制しか頭にない、経営側の弁護士の発想の限界です。また、丸尾弁護士は、
労働時間と賃金と健康問題とをそれぞれ切り離して、現実的な対応策を考える時期にきている
としてますが、労働時間と健康問題を切り離すことはありえないと思います。働きすぎが深刻な健康問題を引き起こす以上(これは一連の過労死・過労自殺裁判から当然の前提といえるでしょう)、この二つを切り離した労働政策はありえません。このへんは、hamachann先生が
十分な裁量性もないまま長時間労働を強いられれば(賃金の支払いにかかわらず)過労死の危険性は高まるのではないでしょうか。
と仰るとおりだと思います。また、使用者に働かせすぎをさせないような動機付けをつくるために、時間外労働の割増賃金という政策は、なお有効性を持つといえます。その意味で、労働時間と賃金と健康問題を一緒に扱う合理性は存在するといえます。丸尾弁護士の論考は、ホワイトカラエグゼンプションを導入せんがための結論が先にある論考としか思えません。

なお、細かいところでは、今回のマクド判決をひいて、

平均で700万円以上の年収である店長に対しさらに割増賃金を支払えという結論には、特に中小企業の労働者からは賛同を得にくい
などとしていますが、これはなんの理由にもなりませんし。また、何を言いたいのかすらよくわかりません。マクドナルドの中で当該店長が管理監督者に当たるかどうかというのは、700万円という平均年収がマクドナルド内の他の従業員と比較してどうか、という範囲でしか意味を持ちません。中小企業の従業員との比較は無意味です。また、単純に”中小企業の従業員と比較してはるかに高給である”という意味合いならば、それは、大企業と中小企業の賃金格差という議論であり、なばかり管理職に残業代をつけるかどうかということとは別な議論になります。こういう欺瞞は止めた方がいいと思います。丸尾先生。

【追記】080213 経済の観点から説明
労働、社会問題:労働時間と賃金と健康問題をそれぞれ切り離していいのかなぁ
こちらのブログが経済の観点から僕の言いたかった事の一部をよりスマートに説明されています。なるほど、と感嘆しました。