090603 生活保護申請について,代理人による申請を制限

id:nijuusannmiriさんへ。
あんまり行政の肩を持つ気はないんだけど…。(生活保護の申請と代理人について) - 23mmの銃口から飛び出す弾丸は:

なんでしょうね、これだけ読むと、行政が弁護士の正当な代理人業務を制限しようとしているのかしらん、という印象です。
確かに,朝日新聞の記事を読むとそのように考えられるかもしれません。そういう意味では,あまりいい記事だとは思えません。僕は,もっと別なところに問題があると思います。一言で言うと,申請者に保護を受けさせない運用を推進していた行政が,本人の意思とか,人権とか言うのは許しがたいということです。

代理人が判断すべきこと

前提となる問答の内容や,代理についての一般的理解はnijuusannmiriさんのエントリを前提とします。そこで,nijuusannmiriさんは,

というわけで、民法上の「代理」というのは、本人(依頼人)の判断ではなく、代理人(弁護士)が本人に成り代わって判断して行う行為であって、その行為の結果生ずる利益や責任は本人に帰する、ということですよ、と。
ってことは、生活保護の申請を代理人が行うということは、本人の「申請する意思」の有無が確定しているとは必ずしも言えない、ということになっちゃうわけですね。
とされています。しかし,ここは結構勘違いが混ざっています。
本人がいかなる法律行為をするか決め、その意思表示を伝達するにすぎない使者とは異なり、代理人が、代理権の範囲で、代理人自身の判断でいかなる法律行為をするか決め、意思表示をするのである。(nikuusannmiriさんのwikipedhiaの引用部分からコピペ)
wikipediaの代理の部分の引用について,nijuusannmiriさんは太字で強調しています。これ自体は間違いではないのですが,nijuusannmiriさんはこの部分を誤解しておいでです。

代理人が判断すべきこと−売買契約の代理ならば

たとえば,ある土地建物の売買契約についてAさんが売主Xさんの代理人になったとします。この場合,土地建物をどのような条件で売却するかを判断する権限をAさんは持つわけです。条件によっては売らない,という判断もあるでしょう。その辺はXさんの意向を尊重して決定することになると思います。ここで,AさんはXさんに代わって判断する要素が出てくるわけです。

代理人が判断すべきこと−生活保護の申請代理

しかし,生活保護の申請は,申請をするかしないか,しか判断要素がありません。代理人を選任する際に,委任状を作成しますが,当然委任事項を記載します。本人が「生活保護を申請することを依頼する」意思があることは明らかなのです。本人に申請意思がない(またはあるかないか判然としないのに)のに生活保護申請をするということがあるのなら,その代理権授与自体に問題があるということになります。

厚生労働省の言っていることは無茶苦茶

もともと,生活保護についての水際作戦はずっと以前から行なわれていました。申請意思を持つ人に対して,「生活相談」と称して申請をさせない,申請書を渡さない。,稼働能力があるから駄目だといって追い返す,支給決定をしても辞退届けを書かせて辞退させる,という方法がまかり通っていました。僕自身も,自分自身の手持ちケースや近い知人の手持ちケースで実際に経験した例があります。その生活保護行政を統括する厚生労働省が,本人の意思の尊重などと言って,申請を制限するようなことを言うこと自体,非常におかしな話なのです。餓死事件を起こした北九州市は,厚生労働省のモデルケースとされ,当時の関係者は,生活保護についての講演会だかシンポジウムだかに招待されていたという「実績」まであります。厚生労働省の真意は,「本人の意思の尊重」ではなく,「申請の制限」にあることは,これまでの生活保護行政の運用や厚生労働省の態度から明らかです。

まとめ

いまの景気のままならば,生活保護に貧困のしわ寄せがいくであろうことは間違いないでしょう。弁護士代理が保護行政を圧迫する恐れがあることはわかります。しかし,生活保護捕捉率が著しく低かったこと*1,そもそも真っ当に貧困対策をしてこなかったこと*2に問題の根本があるので,代理人を制限することはお門違いもはなはだしいといわざるを得ません。なぜ生活保護申請支援をする弁護士が激怒するのか。これまでの厚生労働行政や生活保護の運用実態を知るものなら激怒してしかるべきなのです。

社会保障制度全体で,将来的に生活保護をどのように位置づけるかは別問題。きちんと検討すべきです。

厚生労働省の中の人(の一部の人)へ。仮に,「貧乏人で生産性がなく,自立の見込みのない人間には,生活保護など受けずに死んでいただきたい。」という意図があるのなら,そのように明言していただきたい。国民の皆様の中には,自己責任論の信者は少なからず存在するので,きっと支持していただけると思いますよ。

090604 追記

id:nijuusannmiriさんに応答をいただきました。前のエントリに追加して書かれています。このような議論に丁寧に付き合っていただきありがとうございます。

代理権の話

となると、問題はですよ、「代理権授与自体に問題がある」のかないのかを行政の窓口がどう判断するか、って一点なんじゃないですかね。
日本の生活保護は厳重なミーンズテスト(資産調査)を要求していますので,その過程で本人の申請意思も判明するはずです。したがって,わざわざ厚生労働省がああいう問答を出す,ということは余計に馬鹿馬鹿しいのです。なお,
ただ、ここで、俺が思うのは、「委任状があるなら、申請書も(本人が)書けるんじゃね。じゃ、この場合は申請書を書いて使者に託すということと、実質的にどう違うんだろうか」というようなこと。
水際作戦があるからこそ,使者ごときではダメなのですよ。単に「書類を持ってきただけの人」が,窓口のCWとやりあえるのでしょうか。

僕が代理人として生保申請をしに行ったときの某市の福祉事務所のCWの対応をよく覚えています。こちらが,「申請をします」として申請書を提出したとき,「まずは相談を」と言って,受理しようとしなかったこと。同じ問答を三回繰り返したとき,この人は,日本語が通じないかと思いました。こちらは「相談」ではなく,「申請」と明言し,申請書を持参しているのですから。

確かに実質論は必要です。しかし…

いわゆる水際作戦というのがいかにひどいものか、俺もその片鱗は知っています。その意味で「本人の意思の尊重」なんて言いぐさがちゃんちゃらおかしい、というのも理解できます。
俺の誤解というか無知もありますから、「「不当な制限」というのは言いすぎ」というのは外しているかもしれません。けれども、このエントリで書いてきたように、その「制限」を事実上ないようにすることはできる、という考えは変わりません。繰り返しますが、「実質的に」というところが一番重要なんだと、俺は思います。
おそらく,nijuusannmiriさんと僕の立場はそう遠くはないのでしょう。むしろ,非常に近いかと。ただ,今回の厚生労働省の問答についての怒りの度合いの相違が異なるのかと思われます。僕は,こんな不必要な事をわざわざ問答に書き込む厚生労働省に怒りを禁じ得ません。

もし,暴力団貧困ビジネスを排除するなら,別な方法があるはずです。暴力団の排除は,行政対象暴力と位置付けて,個々のCWをフォローする体制をつくるべきです。貧困ビジネスの排除は,CW一人当たりの負担件数を減らし,充実した自立支援とカウンセリングができるようになってこそ,可能でしょう。

タイトルをつけ忘れていたので,タイトルをつけてみました。

*1:いろいろな学者が推計を出しています。15パーセントから25パーセントくらいといわれています。

*2:そもそも貧困の程度を調査する継続的な統計すらありません