080612秋葉原無差別殺傷時件について〜秀逸なエントリから考える

 まずは犠牲となった方々に哀悼の意を捧げ、怪我を負われた方々の一刻もはやい回復を祈ります。
 今回の容疑者を英雄視する声も一部ウェブ上にはありますが、そういった意見にはまったく与しません。しかし、今回の事件を機に指摘される問題点は無視してはなりません。私は、すでに素晴らしいエントリで指摘されたテーマ…人間の疎外…について自分なりに延べようと思います。

秀逸なブログエントリ

 すでにホットエントリとなったものもあり、これらは多くの方に読まれていることと思います。
雑種路線でいこう:蟹工船が平積みとなった挙げ句のアキバ事件か
何かごにょごにょ言っています:【秋葉原無差別殺傷】人間までカンバン方式
少年犯罪データベースドア:通り魔事件の映像

とくに素晴らしいのは”人間までカンバン方式”です。
父親が容疑者と同じ工場に勤めており、父から聞いた話として

この部分、私が電話で父親から聞いていた話と食い違う。
少なくとも工場の正社員は6月30日付けで派遣はすべてクビと認識していたようだ。
と報道に疑義を唱えます。さらに、
休憩時間や出入りの時間などに意識しなければ人と会話をすることも無いそうだ。
しかも、ハケンは出入りが激しすぎていちいち顔も覚えていない。
派遣会社の言ってることと現場の言われていることに食い違いがあり、クビにはならないと派遣会社が言ったところで、会社側が希望する日まで働いてもらうための方便に見えてしまうだろう。
クビにすると言ってしまえば、本人がバックレたり、やる気がなくなったりして生産性が落ちてしまう。
そもそも、数ヶ月で人が入れ替わってしまうので、職に対するこだわりや企業に対する忠誠心が薄くなる。

ウチの父親によると4本閉じなければいけないボルトを、面倒になったある派遣労働者が2本しか閉めないで出荷してしまい、大騒ぎになったこともあったらしい。
また、多少契約期間が伸びたところで、経営方針として最終的に派遣を切るという方向性に変わりはない。
モチベーションの上がらない労働をさせられる時間が増えるだけであり、それはそれで苦痛である。
そういう状況下でツナギが無くなったとしたら、極めて非人間的な方法で、陰湿に解雇を告げてきたと勘違いしてもむべなるかな、だとは思う。
その上、派遣会社の日研や関自がマスコミに言っていることは本当なのか。犯人のクビは決定していたが、保身のために嘘をついている可能性はないか
この生々しさはマスコミ報道からは到底出てこないでしょう。この生々しい話からは、具体性・信憑性がにじみ出てきます。

そして、派遣労働者がいかに疎外されているかも。

問題なのは人間の疎外

いわゆる登録型派遣・・・ハケンって…

登録型派遣労働。グッドウィルやクリスタルなどで問題となったいわゆるハケンです。
 常用型派遣と異なり、必要とされるときにしか仕事がなく、不安定極まりない労働形態となります。一部には、登録型派遣の需要があることや、不安定なのは直接雇用であっても日雇いであれば変わらないこと、規制しても脱法的に地下に潜るだけとして、強力な規制に反対する議論もあります。
 しかし、一旦登録型派遣で日銭を稼ぐ生活が定着すると、そこから抜け出せなくなります。なぜなら、派遣会社から声をかけてもらうためには、他のところの仕事を入れたりしてはいけないからです。あいた時間を有効活用する、という形での働き方はありえません。自分の時間が無駄になることをわかっていながら、不定期・不安定な仕事をせざるを得なくなるのです。派遣労働の適用対象を広げ、派遣労働を普遍化する労働法制の改正がなければ、ここまで派遣労働が普遍化することはなかったのではないでしょうか*1。法制度の改正により非正規雇用は広がったのです。これは人為的なものであり、自然現象などではありません*2

彼には人とのつながりが必要だったのでは

一部には、「アニメオタク」「ミリタリーオタク」などの評価がされるなか、容疑者の彼は違う一面を示しています。決して人間が嫌いという訳ではなかったのではないでしょうか。
ZAKZAK:秋葉原無差別殺人、男の素顔…ロリコン、スピード狂
このステレオタイプな表題の記事に、意外な側面が書かれています。

青森県出身の加藤容疑者は製造業派遣大手「日研総業」(東京)に昨年11月登録、静岡県内の自動車部品工場に派遣され、裾野市にある単身用アパートに入居していた。

加藤容疑者と同僚男性(21)はすぐにうち解けた。麻雀に飲み会と、毎週のように遊んだ。親交を深めるなか、男性は容疑者の特異な趣味に気付いたという。…(略)…
一方で、同僚男性は加藤容疑者のスピード狂の一面について「富士スピードウェイや平塚のサーキット場に連れて行ってもらった。一緒にカートに乗ってタイムを競ったんだけど、とんでもなく速かった。以前はスポーツカーのGTRに乗ってたとも言っていた」と証言。別の同僚(21)には「将来トラック関係の仕事に就きたい」と夢を語ることもあったという。

友人らが「いつもポーカーフェース」と称する加藤容疑者も時折、心に抱えた悩みを垣間見せることがあった。「昨年の年末、自宅まで送ってもらったとき、ポツリと言ったんです。『親が借金を重ねるから、青森から飛んだ。ろくでもねえオヤジだ…』」(同)
 意外に後輩に対して面倒見がいい様子が伺えます。コミュニケーションが全くとれないとか、そういう類の人種ではなかったのではないでしょうか。

容疑者の疎外感

 ウェブ上から見られる報道では、容姿についてのコンプレックス、彼女ができないことへの不満、二次元の女性への傾倒であふれています(あまりに多いので引用は割愛)。しかし、彼女を痛烈に欲する一方で、性交渉へのこだわりは強くありませんでした(一部にソープランドへ連れていかれたこと、嫌悪感があったことの報道がありました。ソースは失念)。彼は、肉親以外の人間との強い絆・繋がりを欲していたのではないでしょうか。

仕事がある時に集められ、派遣会社が用意した借り上げの寮に入れられ、知り合いもいない土地で、いつ首を切られるか分からない状態で、働きつづけること。

自分の仕事がどのように社会に還元されるか、およそ実感のわかないような仕事をひたすら続けること。自分のキャリアにどのようにつながるか、自分の将来にどのようにつながるかわからない仕事をひたすら続けること。

不要になったらある日突然やめさせられ、寮すら追い出されてしまい、住所不定無職となってしまうこと。

これは、人間としてではなく、モノとして扱われているという感覚を持ってしまうことになると思います。自分は単に工場の部品の一部であり、不要な場面では即捨てられる訳です。

ここには承認もなにもない。およそ、仕事を通じて自分を発見し実現する過程など存在しないのです。

自分を大切に思えない人間は他人を大切に思えない

 非正規雇用の拡大は斬り捨て御免の道具扱いをされる若年労働者を多数生み出しました。仕事を通じた自己実現、自己の承認、社会参加は、そこには既にありません。自分がモノとしてとしか扱われない、と感じている人間に、人の命を大切にせよ、と命じたとして、いかほどの説得力を持つのでしょうか。

正規雇用の拡大は、こういう人間を大量生産する、と言うことです。その延長線上にあるのは、人の繋がりの破壊…社会の破壊です。

今回の事件から学ぶべきこと

 私たちは、労働環境の変化が人間を疎外していることを学ぶことが必要です。大事なのはネット規制でも、ダガーナイフの販売規制でも、オタク規制でもありません。
 抽象的ですが、労働法制や福祉、職業教育を通じ、一人一人が社会とつながっていられるシステムの再構築を図ることが重要です。福祉は社会とつながる機会を減らす(The best is yet to be:ソーシャルスタビライザとしての「労働)という見解もあります*3が、その辺は福祉制度の使い方によると思われます。
 この凄惨な事件が、せめて、絶望的な日本の青年層の労働環境を少しでも良くする方向へ働くように願っています。

*1:なお、一部に「正規雇用社員の解雇が難しいから非正規が広がった」というあります。しかし、1990年代後半、すくなくとも2000年ころから整理解雇の裁判例上の要件はだいぶ緩和されたという評価があります。さらに、NTTの大規模リストラの例もあり、解雇が困難だから非正規が増えた、という議論は机上の空論で実態にあわないと私は考えます。整理解雇四要件や非正規雇用の拡大の経緯について詳述するのは本意ではないので詳しくは避けます。

*2:むろん、背景には労働市場自体の国境の垣根が下がってきていることを否定するものではありません。ホワイトカラーを含む多くの労働者がインドや中国などの労働者と競争しなければいけない状況が、労働法改正の一要因ではあるでしょう。しかし、どういう政策判断をするかはやはり為政者の判断です。そういう意味で僕はここ数年の非正規雇用の広がりと貧困問題は人災だと思っています。

*3:全体との趣旨としてはそれなりに同意するところも多いです